Office Arganza

A Diary

2022-05-01 07:05:00

未来に向けて

昨日は『白い聖堂』ありがとうございました。

1日だけの晴天だったのか・・今朝またどんよりで、今日は雨かな?

今年はほんとに春から冬の移り変わり時期から、そういう天候が多くて、エネルギーもそれとともに振幅し、高波動が入っては、それによって炙り出されたものを洗い流す機会が与えられる、というリズム、を感じる。それだけ、クリアリングの機会を与えられているということかもしれない。

さて、グループセッションについてはまだ、これからコールインで受け取りの方々もいらっしゃるので、多くを語るのは、後日お送りするシェアメールにて、と思いますが、12年振りの「光の学校」、1時間フルで体感が途切れずエネルギーが強めに動き続けていて、驚くほど。「1時間では入りきれませんが」・・と言われているようで。時間的に区切られた、という感じでした。

洗い出し、あぶり出し、洗い流し・・という感覚の強い施術だったと思っています。

そして、タイトルのように。

 

地球そのものが、未来への方舟。

生き残りたい、というサバイバルではなく、「地球を守りたい」と考える、感じる、行動するのが、「ライトワーカー」。

根ざしている場所、足場が、違うのだ。

自然を見て、石を見て、「癒される」と言っている立ち位置と、

自然界や、地球そのもの、人類を含めた地球上の生命を「守りたい」と思う立ち位置

 

セイクレッドレイキの「大地のサナトリウム」は、「過去を癒す」というテーマではあるけれど、もちろんそれは未来に向けて、過去から入ってしまった(人類種族全体レベルの)「害」を綺麗にしていくという役目、効果がある。同時にそれは、今、リアルタイムで起きている、(恐らくレムリアからの「害」が目にみえる形で現象化し、人類が乗り越えられるか試されている)新たな「害」や「病理」に、効果を発揮するようだと、今回ワークを作る段階で受け取っている。

そう。人々は、リアルタイムで、多くの「害」をいま、受け入れてしまっている。

本当の意味で「目覚める」人々が増えていけば、そのような状況が多数派ではなくなる筈。でも、なかなか、進まない。

入ってしまった「害」、社会を通じて日常的に入ってくる「害」を、洗い流すツールとして、「サナトリウム」3ワークは使って欲しい。そのために降りて来たようだ。

 

今回の『学校』も、それと似たテーマがありつつ、シャンバラらしく近未来的な、施術たっぷりの学びの時間だったよう。

(参加者の皆さん、詳細はレポートでお送りします。少しお待ち下さいネ)

ではでは、今朝はこのくらいで。

Love and Grace,

Amari

2022-04-29 09:59:00

古き良き

「白い聖堂」、急な告知にも拘らず、思いの他たくさんの方々が参加してくれることになり、ありがたい限りです。

サロンでお会いしていた懐かしい方々、リュミエールブランシュのお客様がたも。サロンの仕事を辞めて、ショップの運営だけだと、お客様とのコミュニケーションは限られているから、どのくらいの方達が、見てくれているか、何か感じてくれているか、が、中々見えにくい。SNSやHPのアクセス情報はあっても、数だけでは、計れないものだから。

感謝とともに。明日は皆さん、宜しくお願い致します。

 

ここ3日くらいのエネルギーは凄いな(大変)・・と思いつつ、必要に応じて「見る」現実の、個人的体感なのかも。

今朝のツイートの続きのようだけど、そこにフックする必要が無ければ、何も感じないわけだし、人間(の魂)がレムリア末期に「自我」を持って以来、永い時を生きてきて、それだけ、重荷や、ガラクタや、心身の病理・病癖、レイキでいう「セイヘキ(性癖)」、それらが家系で受け継がれてゆく気質や体質、などなど。情報が溢れて、そこにまた今世でインプットしてきたもの、壊れてしまった健全さ、などなどの情報が重なって、

自然界のように、幼い子供のころ(天使時代やレムリア自然界の記録を再現して生きる時期)のように、シンプルではなくなっているからこそ、ネガティビティと共に生きるようになる。不安になったり、人と比べたり、怠惰や欲に左右された、感情のアップダウン。人間らしいからそれでいいさ、というメッセージで世の中、溢れているんだけど、矛盾している。

それでいいさ・・・では、世界は良くはならないから。

人間の感情・思考・ライフスタイルのネガティビティを「それでいいさ」と言っていたら、結局、環境汚染や、社会的格差、戦争、差別、などは無くならない。スピでいうアセンションや、ノンデュアリティなど、実現はしない。

個々の人間、ひとりひとりの心と体、その設計図であるエネルギーから、見つめ直して、改善していかないと、何も変わらない。

man in the mirror なのだ。まさに。

2012か、13年ころだったかな、「マンスリー・フォーカス・ワーク」と名付けて、月に一つオリジナルワークの中からフォーカスを当てて、モニター価格でご提供するという試みをしていた時。出来たばかりだった、「レムリアンセイクレッドレイキ」を選んだ月にたくさんのご希望があり、ほぼ毎日、そのエネルギーに浸るというような時期があって。

結果として、ほんの数日だったけれど、自分自身がワンネス的覚醒状態になっていた事があって、今回、セイクレッドレイキのテキストにそのことも書こうと思っていたのに、忘れていたことに気付いた。。。

あの時は、いわゆる「あるがまま」を実体験して、見るものすべて、例えば机や湯呑みや、街ゆく人々すべて、日本という国や、自民党政権でさえ(笑)「ああ、ありがとう。本当に、ありがとう。おかげで私がここに居て、あなたも居る!」みたいな感動と至福の状態になっていた。

セイクレッドレイキの「ソフィア」との接続や、横軸の復活、のプロセスが、毎日のようにセッションしていたことで、自分自身に強く作用した結果だと思う。

感覚としては、何を見ても感じても、「それ」が存在している宇宙普遍の「意義」のようなものが、ピコピコピコと自分に入って来て、理解と愛着が瞬時に生まれる。そして、

「ああ!」と涙する。(という現代人からしたらおかしな状態です・笑)

 

あれが、レムリアの『ワンネス』なのだろうと思っている。『あるがまま』を、理解し、愛する感覚。はるかに、人間社会の周波数や思考などを超えたものであり、仏教的な、シャカの悟りのようなものだろうと思うわけです。(私は1週間弱つづいて、その後ゆるやかに元に戻りました)

それが、もっと人間的なレベルで「あるがまま」つまり、「エゴのまま」でいいというのが、今のスピリチュアル界隈のメッセージになっている。

もう、多分10年以上前(まだ奈良に居たころと記憶しているので)、ブログだか、メルマガに、「このままだと、一般的な人たちの意識が変わっていき、気付いたらスピ、をやっている人たちのほうが、取り残されるのでは・・」と、書いたことがあった。今でも、その雰囲気は大いにある。現実逃避的なスピ、ということ。

またまたタイトルから逸れつつあるので戻しますと!

 

人それぞれ、かもしれないけど、私の場合は人生で唯一、小学校時代が一番、無邪気に自分を生きて、興味のまま動いて、楽しい時代だった。韓国時代劇でもよくありますよネ〜 きらきらした、初恋の想ひで・・のような。実際にはいろんなことが側で起きていただろうし(親とか大人的に)、昭和の激動の社会状況もテレビで見ていただろうし。けど、自分はただただ、自分を生きていて、楽しかった。

小学校卒業が迫った時に、友人たちと、「嫌だ〜中学生にはなりたくない」とぼやいていたのをよく覚えている。レムリアの終末期って、あんな感じだったのではいかと。ジェネシス神話をまとめていると、感じたりもする。

もう自由ではなくなる。責任や義務や、課される事柄ばかりが増えていく。楽しくなさそうな大人の社会へ、近づいていく。未知なる変化が起きていく。ああ、私たちのワンネス、自然界が壊れていく・・・もう、このままでは居られないのだ・・・という。

韓国ドラマと同じように、純粋だったころの、キラキラした古き良き思い出、だからこそ、ずっと宝石のように心に残っている。けれど、その分だけ、失ったことへの悲しみも深い。失っていくプロセスにおいての、傷も深い。

だから、みんなこんなにレムリアに惹かれる。

・・はず、なんだけど、上記のとおりの界隈のトリックで、知らぬ間に、浸って動かなくても、「大丈夫」と言って貰えるフィールドになってしまう。そのトリックは巧みで、レムリア、に限らずだけれど、一見しても判別は難しい。色々な目に遭っていくと(笑・・対・人ではありませんヨ。原型エネルギー=「神」のようなモノや四次元的なモノのこと)嫌でも、メカニズムを知ってしまう。

そんな話は、「プログレッシヴワーク」3つの、クライアントワークブックでもたくさん、書いています。

締め括りが宣伝のようになってしまったケド、今日はこのくらいで。エヘヘ ^^

Love and Grace

P.S.

カレッジの改訂、リニューアル・リリースに入っていく準備段階として、かつての対面式の「ヒーラーズカレッジ」のページを、参考ページとしてUPしました。メニューの「School」からお入りいただけます。概要と、卒業生の皆さんのご感想です。懐かしいですネ、、それこそ「古き良き」日々。良きおもひで、となっています。卒業写真は本当に皆さん、良い顔をしているなあ、と。半年ちょっとのカレッジで、多くの変容、気づきを体験し、見違えるように輝いていく生徒さんたちの様子を、懐かしく振り返りながら。タイムカプセルを開けるような作業でした。

2022-04-19 18:37:00

ハコブネ、つづき

突然言うようなことでは無いかもしれないケド・・

恐らく過去生で、「流罪」「流刑」になったことがあると思っている。

それも一度ではないかも。

一般市民をやったことが無い、と、受けたセッションで言われたこともあるくらいだから、きっといつも思想家とか宗教家、革命家とか、ちょっとギリギリな研究をしている??人とか(笑)・・そんな事が多かったのではないかと思う。ごくろうさん。

ヒーラーとしての立場を「引退」し、自分がやってきた(ちょっと特殊な)ヒーリングワークを、私以外の人たちにも担ってもらえるように伝授、そのために形式を整える、テキストを書く、それからプログレッシヴワークというまた別の形式を作る。このあたりまでの特に、プログレッシヴ執筆中の二年ほどの間は、まさにこの「流刑地」を味わっていたのだろうと、今になると思う。当時はそんな自覚なく。

過去生のパターンが現生で、ある一時や、ある仕事に取り組む間に、被るようにミニチュア化して出て来るというのは、恐らく何かを造る、生み出す仕事では起こるものだろうと思う。

歴史大作のドラマや映画なんて、もしかすると俳優さんや監督は本当に、その人物の生まれ変わりかもしれない、とも思ったりする。

とてもとても、ワークを作れるような状態ではありません、という気分になる中、決めたことだから仕上げなくてはいけない。

「自分を整えてから〜」とか言ってられず、

整ってなくても今すぐ、神がかってでも書く。

不遇だからこそ(実際はそうではないのに過去生の記憶でそんな気分になっている)至った境地、湧いてくる想いがあり、けれどゆとりなどなく、ただただ、綴っていく。形にしていく。

まさに、流刑地にあって、淡々と作品を書いている思想家。・・・の気分。

「水星アルカイ」の時はまだ、生みの苦しみも少し感じつつ、終えると同時にこの「流刑地」気分は消えた。

そして落ち着いたところでの「レムリアンセイクレッドレイキ」

とはいえ、いつものように、実践篇、気づきを促す体験、大変だった。。。終えてみれば全て、解放のためのプロセス。

テキストの実際的な執筆に入ってからは、スイスイスイ、あっという間。

あ、また本題から逸れはじめている。

タイトルのこと。(前回そこに至らなかったため、二度目の)

「セイクレッドレイキ」のテキストの中で、シャンバラやマヌの視点で一文を書いている時に、突然、思いついた。というより、

既に受け取っていたことが、「ひらめき」という形で顕在化した。

『シャンバラ光の学校』を、もう一度、やろうと思う。遠隔グループセッション。

そんなことはまっっっっったく、これまで考えていなくて、でも何か、この新しいサイトが出来たら、

自分の立場で、自分しか出来ないことをやるのだろう・・とは、思っていた。

まさか、『シャンバラ〜』とは、顕在意識はまるで、想像さえしていなかった。

キッカケの(自分が書いていたテキストの)一文は、『高次はひとりでも多く、進化の波に載せたい』というものだった。

アルガンザワークを受けた人だけが・・ハコブネに・・とか、そんな事は微塵も考えていなくて、

スピリチュアル、という分野に属している者として、集合意識を持ち上げ、人類が高次の計画とおりに進化を果たしていくために、何が出来るか?と言ったら、

いわゆる「ライトワーカー」あるいは、「自分の意識とエネルギーの周波数・質を保ち、周囲にもその影響を及ぼせる人」を増やす。専門分野としてやるべきことは、ここ。

シャンバラ、「神々」、マヌの世界をよく知る(本能的に、記憶として)者として、最初からずっと(子供の頃から)感じていたことだけど、

その『計画』はもう決まっていて、人間はその進化プロジェクトの中に在る存在だ。それは、進んでいく。自由意志が与えられているのは、自分たちで考え選択している結果としての、「人類」のあり方を、決めなさいよ、と言われているだけであって、それでずっと、安全に暮らしていけるという訳ではない。

現に、人間界は常に、さまざまな災害、天災、人災に見舞われる。

「神様のいじわるう」という訳ではなく、人類にあたえられている「自由意志」の、常に結果なのだ。

生み出した可愛い子たち、分身たちを、いじめたいわけはなく。大いなる計画の中で、人類が自分たちが何者であるかちゃんと思い出し、忘れたフリなどせずに、与えられている課題に答える、少なくともその努力をする・・ことを望み、見守っている。

特に「マヌ」という役目の魂、存在たち。破壊を、犠牲を、少なく留めたい。そうであって欲しいと、願っている。

私が行うのではなく、「シャンバラ光の学校」は、シャンバラの専門チームが行う。2007年に始まった時、最初からそのスタイルだった。

ネーミングは変える予定。いつから始まるのか、決まり次第、ここ(日記)ではなく、正式な連絡としてブログか、詳細ページをUP予定。

今の自分が事務係をしたら、どんな風になるのだろう。きっと、10年以上前とは違うはず。シャンバラからは、どんな施術やブラッシュアップが来るのだろう。

そして、どんな人々が参加してくれるのだろう。

楽しみであ〜る。

Love and Grace

Amari

2022-04-17 07:38:00

ハコブネの意味

セイクレッドレイキのリリース間近。

ワークのスタイルを自分で(笑)理解するのに苦労(混乱)したけど、やっぱり、これまでの修練(と言ってしまおう)の賜物、という他ないと感じた。特に、一昨年〜去年にかけてのプログレッシヴ3つの、ワークブック14冊、水星アルカイの叡智のワーク制作、これが、「ジェネシス」後のアルガンザワークの意義と、大きな枠(ヒーリング業界、神智学、現状、未来)などに思考や思いや予測を巡らせながら、自分が書きたいもの、では勿論なく、ワークとして有効、かつ人々にも言葉や表現を通じても受け入れられるようにと考えながらの執筆の、非常に良い「修練」となって、それが今回、インストールされた自分の一部として作動したことを、自覚出来た。

今回、だけではなく、これが今後の「メタスピ」「ニューエソテリ」??笑 分野を切り開いていく上での、大きな力、土台となっていくのだろうと実感できる。

さて、これが初「日記」になるけれど、今は「おこもり」生活をむしろ自分自身の仕事の段階として設定していることもあって(2020年4月から、まさにそう思っていた。ワークリリース、テキスト執筆の時期として三年ほどを見越して。それがちょうどパンデミック時期と重なっている。私の仕事はいつもそうで、だから恐らく、来年の春以後、一年以内には、パンデミックは落ち着くのではないかと前から思っている...)スタッフさんが時折、お手伝いに入るくらいで、あとは日々黙々と一人で仕事をしているため、呟きはかなり日々、生まれている。

その中には記録しておくと、どなたかに、未来の自分には(記録のために)ちょっとくらいは役に立つかもしれないと思うこともある。

現状、ついついTwitter で呟いてしまうのですが、あそこは無尽の大洋のようなもので、自分の知らないうちにシステムが他の人のキーワード設定から、全くこういった分野に興味ない人に、送られてしまうこともあるし、自分でも忘れているようなツイートを、曲解したり利用したりしてリツイートされることもあるかもしれない。最近、学者の方々が、パンデミック(「・・・禍」という言葉が好きではないので使わないようにしている)や、国際情勢の専門家としてのコメントで、そのような状況が多発しているのを何度か見かけた。

私の発信レベル(範囲)では、もちろん先生方のように広範囲で、という心配などしていないけれど、こういう日記という形を取れる場所があるならば、無尽の大洋で、ほんの一握りの方しか、意味が通じないかもしれないことを呟くよりも、相応しいと言えるだろうから。もちろん、ウェブそのものが大海ではありますが、SNSは、単に閲覧する、だけでは止まらず、「便利な」機能ゆえに一人歩きすることがある、というのがまた問題というか、利点でもあり、使い分けのポイントでもある。

Arganza の仕事、ヒーリング、メタスピ的思考、神智学、未来、進化、クリスタル、自然派・・・ これらへの興味という大前提でこちらのHPを訪れる方々には、お役に立つかもしれない呟き、記録を、自分の頭の整理のためにも書く場所にしていこうと思う。

「レムリアンセイクレッドレイキ」で、ジェネシス後の旧来のワークのリニューアル作業が一段落。

アリス・ベイリーを読み込んでいく。一時期なぜか「生徒さんたちへの図書館」意識で買い集めてしまった「すぴ」本たち(既に売りに出したものも多いケド。比較的まともなものは残してある)、初期のころから私がお世話になった良質な「スピ」本たち。過去のサロンの膨大な記録も・・・「整理します」「今年は〜」とか言いながら、まだ本格的には出来ていない。ショップと、ワークリニューアルを順番にスケジュールしていて、忙しかったから。。けれど、次のリニューアル&リリースはカレッジ、マスタークラス、なので、「やりたい」ではなく、自然の必要性から、書類や本の情報を整理し、アルガンザの過去(の体験・記録)と、現状(人々のニーズ)、そして未来(進化・高次のニーズ)を、ワーグ群でやって来たように、講座やテキストとして行っていく作業に入る。

ライフワークとして、一生つづくだろう。神智学が伝える新しい時代を告げる「光線」が到来する2025年以後の世界のことを、少し心配しながらも、そのために必要なことを今、考えている。

Love and Grace

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